会計制度委員会研究報告第16号「偶発事象の会計処理及び開示に関する研究報告」及び 「公開草案に対するコメントの概要及び対応」の公表について

1.はじめに

2019年5月27日に日本公認会計士協会(会計制度委員会)は、会計制度委員会研究報告第16号「偶発事象の会計処理及び開示に関する研究報告」及び「公開草案に対するコメントの概要及び対応」を公表しました。

本研究報告は、企業活動の複雑化に伴い、企業が責任や損失負担を求められる可能性が増加している現状を踏まえ、偶発事象に関する会計上の取扱いの考察や偶発事象の開示又は認識時点の適時性に関する検討を行い、日本公認会計士協会における調査・研究の結果及び現時点における考えを取りまとめたものです。

なおこれらは現時点における調査・研究の成果を踏まえた考察であり、本研究報告は実務上の指針として位置付けられるものではなく、また実務を拘束するものでもありません。

2.検討の経緯

我が国には、偶発事象に関する会計基準は存在せず、偶発債務等の注記は規定されていますが、偶発事象(偶発損失及び偶発利益)の定義や会計上の取扱いに関するルールが定められていません。

こうした偶発事象の取扱いでは、当該事象の発生の可能性と金額の見積りの正確性の程度に応じて、財務諸表に計上すべきか、注記をすべきか、それとも特に何も開示しないのかといった判断が容易ではない場合があり、監査実務においても論点となることが多くあります。こうした実務の状況を考慮し、財務諸表における偶発事象の取扱いについて何らかのガイダンスを示すことで、将来の業績指標の予測可能性を高めることになる可能性があると考えられるため、日本公認会計士協会は、2017 年2月に会計制度委員会に偶発事象等検討専門委員会を設置し、我が国のこれまでの偶発事象に関する会計上の考え方を整理するとともに、主として次のような検討を行いました。

◆我が国の偶発事象に関する会計上の取扱い
我が国の偶発事象に関する現在の会計上の取扱いについての考察
◆現行実務の分析
有価証券報告書に記載されている偶発事象関連の引当金の計上の状況や貸借対照表の注記における開示状況の調査と、偶発事象を財務諸表に開示又は引当金を認識する時点のタイミングについての考察
◆国際財務報告基準(IFRS)における考え方
国際財務報告基準(以下「IFRS」)の概要1の確認とIFRSを任意適用している我が国の企業の実務についての考察

なお、今回の検討では、保険会社の保険契約に基づく負債のような特定の業種にのみ該当する特殊な偶発事象については検討の対象に含められていません。

3.全体のまとめ

偶発事象については、時間の経過とともに、損失の発生の可能性についての判断の精度と損失金額の見積りの精度は両者共に高まると考えられるため、監査・保証実務委員会実務指針第61号「債務保証及び保証類似行為の会計処理及び表示に関する監査上の取扱い」(最終改正2011年3月29日)(以下「監保実第61号」)の取扱いを偶発債務に広く適用すれば、時間が経過するにつれて、企業は、「開示不要→偶発債務の注記→引当金の計上」という基本的な考え方で会計処理及び開示をすることが考えられるとされています。

しかし、今回の調査によれば、訴訟、違法行為及び損害補償の事象については、引当金を計上する前に、偶発債務に注記を行う事例は少数にとどまっていることが確認されました。

今後、監保実第61号を、債務保証及び保証類似行為以外の偶発債務の会計処理の参考にすることが考えられますが、以下の点が指摘されています。
◆監保実第61号は、2011年3月に改正を行ってはいるものの、1999 年2月に公表されたものであり、既に公表から長い時間が経っていること
◆現在、我が国においては存在していない偶発事象全般に関する会計基準を新たに開発することを検討すべき
◆新たな会計基準の検討に当たっては、①財務諸表の比較可能性、②開示の適切性、③開示の充実の観点についても考慮すべき

①財務諸表の比較可能性
財務諸表の比較可能性という観点からは、どの程度の発生可能性をもって注記による開示をすべきなのか、さらには、引当金を計上すべきなのかの目線が揃っていないと、同じような事象であっても企業によって注記の有無が異なり、結果として財務諸表の比較可能性が損なわれると考えられるため、どの程度の損失の発生可能性と損失金額の見積りの可能性があれば、注記による開示や引当金の計上を要するのかについての指針(ガイダンス)を提供することが有効であると考えられます。

②開示の適時性
財務諸表利用者への迅速な情報開示という観点をより優先するのであれば、重要な訴訟や違法行為、損害補償の事象が発生したことをもって、発生した事実については、網羅的に偶発事象の注記を求めるという取扱いが考えられます。

その一方で、係争事件に係る賠償義務のような偶発債務については、訴訟を受けた時点や賠償責任の可能性が生じた初期段階では、負担となる可能性及び金額の見積りを行うには、情報が不十分であり、引当金の計上及び注記による開示のいずれであっても、財務諸表の利用者に対して不正確・不確実な情報を提供する可能性があると考えられるため、情報開示の適時性の側面と正確性・確実性の側面のバランスに留意する必要があると指摘されています。

③開示の充実
財務諸表利用者の予測可能性を高めるために、注記や引当金計上を行うに当たっては、何を契機に注記や引当金計上が必要と判断したのかについての企業の判断を併せて記載することが、財務諸表を理解する上で有用であると考えられます。一方で、訴訟関連、違法行為関連及び損害補償関連のような偶発債務については、その事実を開示することにより、企業に不利な影響をもたらす可能性があります。

各企業において注記の開示と引当金計上の適切なタイミングについては十分に検討されていると考えられるものの、時系列分析の結果によれば、実際に、偶発債務についての注記を開示している企業の数が極めて少数となっていることから、事実の開示により企業の立場が著しく不利になると予想できる場合、係争の全般的な内容と情報を開示しなかった旨及びその理由を記載した上で、開示を免除するというような配慮を定めることも有用である可能性が指摘されています。

4.参考資料

本研究報告の詳細は、以下をご参照ください。
https://jicpa.or.jp/specialized_field/20190527zcb.html

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