1.はじめに
日本公認会計士協会(経営研究調査会)は、2020年7月15日に経営研究調査会研究資料第7号「上場会社等における会計不正の動向(2020年版)」を公表しました。
本研究資料は、近年の会計不正の動向を適時にお知らせするため、上場会社及びその関係会社が公表した会計不正を集計し、取りまとめたものです。
2018年6月26日付けの同5号「上場会社等における会計不正の動向」から公表をはじめ、今回は、2019年6月13日付けで公表した同6号「上場会社等における会計不正の動向(2019年版)」に続く更新版となります。
本研究資料は、上場会社及びその関係会社(以下「上場会社等」)が公表した会計不正の実態・動向を正確に捉え、かつ、定点観測ができるように、経営研究調査会フォレンジック業務専門委員会(以下「本専門委員会」)が、上場会社等により公表された会計不正を一定期間集計し、取りまとめたものです。
本研究資料は、監査や不正調査に関与する公認会計士のみならず、公認会計士以外、例えば、企業等が参考にすることが期待されています。
2.本研究資料の作成の前提事項
会計不正の定義
本研究資料では、会計不正(Accounting fraud)の類型を、主に「粉飾決算」と「資産の流用」に分類しています。
なお、「粉飾決算」と「資産の流用」はそれぞれ明確に区分できるとは限らないため、本研究資料においては、いずれかに明確に区分できないものは「粉飾決算」に含めて集計しています。
集計方法
本専門部会が、2015年4月から2020年3月(以下「2016年3月期」から「2020年3月期」)にかけて、各証券取引所における適時開示制度等で会計不正に関する公表のあった上場会社等167社を対象として集計し、公表した日を基準として年度別の分類をしています。
なお、誤謬のみを公表した上場会社及び外部から不正行為、架空取引などについて、自社の役職員が不正行為に関与していないとの調査結果を公表している上場会社等は集計の対象としていません。
留意事項
本研究資料において集計した会計不正の多くは、上場会社が自らの判断によって各証券取引所に定める適時開示基準に従って適時開示を行ったものです。
適時開示基準は、投資家の投資判断に重大な影響を及ぼす事実か否かを適時開示の判断基準としているため、公表するに至った会計不正は、投資家の視点から定量(金額)的に又は定性的に重要な会計不正であるといえます。
しかしながら、これは既に発生している会計不正の氷山の一角にすぎず、会計不正の実態を示していない可能性があるため、本研究資料を使用する場合は、その点に留意が必要です。
3.会計不正の動向
本研究資料の概要は以下の通りです。
会計不正の公表会社数
2016年3月期から2020年3月期にかけて会計不正の発生を公表した上場会社等は167社であり、そのうち2020年3月期においては、46社が会計不正の事実を公表し、そのうち、2020年3月31日現在で38社が調査結果まで公表しています。
会計不正の公表会社数は、おおむね毎期30社前後で推移していましたが、2020年3月期には急増し、40社を超える数となりました。
なお、この中には同一の会社や同一の会社グループでありながら、複数回にわたり会計不正を公表している上場会社等も存在しています。
会計不正の類型と手口
2016年3月期から2020年3月期において会計不正の事実を公表した上場会社等167社のうち、不正の内容が判明するものを分類すると、粉飾決算の方が多くなっています。
一般的に、資産の流用による影響額よりも、粉飾決算による影響額の方が多額になるため、上場企業等が適時開示基準に則って公表する数も、粉飾決算の方が多くなると考えられます。
なお2020年3月期において公表された会計不正のうち、84.2%が粉飾決算(件数ベース)です。
また、会計不正のうち、粉飾決算をより詳細に手口ごとに集計すると、売上の過大計上、循環取引、工事進行基準等、収益関連科目における会計不正の公表が多くなっています。収益関連科目は会社にとって重要な指標の一つであることからこのような傾向にあると考えられます。
なお2020年3月期において公表された粉飾決算のうち、25.9%(件数ベース)が収益関連の会計不正となっています。
会計不正の主要な業種内訳
2016年3月期から2020年3月期にかけて会計不正の事実を公表した上場会社等167社のうち、 会計不正が行われた事業が判明しているものを業種別に分類すると、過去5年間において、卸売業とサービス業がそれぞれ21社(構成比12.6%)で最多であり、次いで建設業が18社(同10.8%)、電気機器が16社(同9.6%)、情報・通信業が13社(同7.8%)と続いています。
会計不正の上場市場別の内訳
2020年3月期において会計不正が発覚した会社数を上場市場別に分類すると、前年度と比較して、東証第一部に分類される会社よりも、東証第二部、ジャスダック、マザーズに分類される会社において、会計不正の発覚が多くなっています。
また、2016年3月期から2020年3月期までの過去5年間において会計不正の発覚の事実を公表した会社等の市場別内訳のうち、東証第一部及び東証第二部を「本則市場」、ジャスダック市場及びマザーズ市場を「新興市場」とすると、本則市場と新興市場の“上場会社数の市場別内訳”の割合と“会計不正の市場別内訳”の割合が近似しており、会計不正の市場別の発生割合については有意な傾向を観測できなかったとされています。
会計不正の発覚経路
2016年3月期から2020年3月期にかけて会計不正の事実を公表した上場会社等167社のうち、会計不正の発覚経路について分類すると、子会社から親会社への事業報告の際に発覚するケース、決算作業プロセスにおいて発覚するケース等、会社が整備・運用している内部統制によって会計不正が発覚するケースが多くなっています。
一方で、調査報告書等に会計不正の発覚経路が公表されていないケースが、全体167社中26社(構成比15.6%)を占めています。
発覚経路を明らかにすることは、適切な発生原因の分析、有効な再発防止策の構築につながるものであり、積極的に公表することが望まれます。
会計不正の関与者
2016年3月期から2020年3月期にかけて会計不正の事実を公表した上場会社等167社のうち、不正の主体的関与者が判明するものを職掌上どのような立場にあるものであったかについて分類すると、役員及び管理職が外部共謀又は内部共謀により会計不正を実行するケースが多いことが分かります。
複数の担当者による共謀や、経営者や管理者が不正な目的のために内部統制を無視又は無効ならしめることは、内部統制の固有の限界として知られています。
このケースでは、共謀による内部統制の有効性の低下、または、経営者による内部統制の無効化が行われている可能性があり、不正の発見がより困難な状況にあるといえます。
会計不正の発生場所
2016年3月期から2020年3月期にかけて会計不正の事実を公表した上場会社等167社のうち、発生場所が判明するものを分類すると、2020年3月期は、国内子会社における会計不正の件数が前年と比べ大きく増加しています。
また、海外子会社において会計不正が発生するケースは、年2~3件で推移していましたが、2018年3月期に13件、2019年3月期に6件、2020年3月期には11件発生しており、海外子会社などの増加に伴い、件数がおおむね増加傾向にあることが分かります。
海外子会社で発生した会計不正を地域別に集計すると、アジアに所在する海外子会社が圧倒的に多く発生しています。国別に見ると中国において発生するケースが多く、これは日本企業の進出が多いことが要因であると考えられます。
会計不正の不正調査体制の動向
2016年3月期から2020年3月期にかけて会計不正の事実を公表した上場会社等167社の会計不正のうち、不正調査体制が判明するものを分類すると、2020年3月期は社内+外部専門家の社数が増加し、全46社中25件(構成率54.3%)を占めています。一方で、社内のみの社数は前年と同数であるものの構成率は6.5%と前年(9.1%)を下回っています。
上記の不正調査体制を会計不正の分類別に集計すると、社内のみの人材による調査体制は、資産の流用の調査においては33.3%の割合で用いられていますが、粉飾決算の調査においては15.3%の割合しか用いられていません。一方で、外部専門家のみによる調査体制は、資産の流用においては23.3%の割合しか用いられていませんが、粉飾決算の調査においては40.1%の割合で用いられています。
なお、粉飾決算の調査において、公認会計士が調査委員又は調査補助者として調査体制に加わっている割合は、「社内+外部専門家」の調査体制の場合は85.1%、「外部専門家のみ」の調査体制で行う場合は96.8%に上っています。
会計不正と内部統制報告書の訂正の関係
上場会社等において不正が発覚した場合、過年度の調査を行うことで過年度の内部統制が有効ではなかったとして、過去の内部統制報告書について訂正報告を行うケースがあります。
2016年3月期から2020年3月期において、会計不正の発覚の事実を公表した上場会社等167社のうち、内部統制報告書の訂正報告を行った上場会社等について、「資産の流用」と「粉飾決算」のどちらの会計不正を理由としているかを分類すると、粉飾決算を理由にしているものが圧倒的に多くなっています。
また不正調査終了後、内部統制の有効性を再評価した結果、内部統制報告書の訂正報告を行った上場会社等の割合を集計すると、2020年3月期に関しては、会計不正の公表社数は増加したものの内部統制報告書の訂正報告に至らないケースが多かったため、例年よりも少し低い数字となっています。
4.参考資料
本研究資料の詳細は、以下をご参照ください。
https://jicpa.or.jp/specialized_field/20200717fcg.html