1.はじめに
平成28年1月29日に日本銀行は「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」を導入することを決定し、同年2月16日から金融機関が保有する日本銀行当座預金のうち一定の部分に0.1%のマイナス金利が適用されています。
このような状況を受け、平成28年3月にASBJ(企業会計基準委員会)は、マイナス金利環境下における会計上の論点への対応について、以下の2つの文書を公表しました。
◆退職給付債務の計算における割引率について
ASBJ(企業会計基準委員会)
平成28年3月9日「議事概要別紙(審議事項(4)マイナス金利に関する会計上の論点への対応について)」
◆金利スワップの特例処理の取扱いについて
ASBJ(企業会計基準委員会)
平成28年3月23日「議事概要別紙(審議事項(2)マイナス金利に関する会計上の論点への対応)」
2.退職給付債務の計算における割引率について
会計上の論点
退職給付債務の計算において、国債の利回りを基礎として割引率を決定している場合で、国債の利回りがマイナスとなっているときに、割引率としてマイナスとなった利回りをそのまま用いるか、ゼロを下限とするかについて論点となっていました。
平成28年3月期における取扱い
ASBJの審議では、「平成28年3月期決算においては、割引率として用いる利回りについて、マイナスとなっている利回りをそのまま利用する方法とゼロを下限とする方法のいずれの方法を用いても、現時点では妨げられないものと考えられる」とされています。
背景
国際的にも退職給付会計において金利がマイナスとなった場合の取扱いが示されていないことを踏まえると、現時点でASBJとしての見解を示すことは難しく、また平成28年3月期決算が目前に迫る中、企業の退職給付債務の計算システム上、マイナスの利回りを基礎とする割引率を用いて計算するように設定されていない可能性もあることから、実務上の配慮の必要性が高いことも考慮され、上記の取扱いが示されました。
退職給付債務の計算における割引率に関しては、各事業年度において割引率を再検討し、その結果、少なくとも、割引率の変動が退職給付債務に「重要な影響を及ぼす」と判断された場合には見直しを行い、退職給付債務を再計算する必要があるとされています。
その際、重要な影響の有無の判断に関しては、前期末に用いた割引率によって算定した場合の退職給付債務と比較して、期末の割引率により計算した退職給付債務が10%以上変動すると推定される場合には、重要な影響を及ぼすものとして期末の割引率を用いて退職給付債務を再計算する必要があります。
退職給付債務の割引率について、マイナスの利回りをそのまま用いる方法とゼロを下限とする方法のどちらを用いる場合においても、上記の検討が必要となります。
(参考:企業会計基準適用指針第25号「退職給付に関する会計基準の適用指針」第29‐30項)
3.金利スワップの特例処理の取扱いについて
会計上の論点
金融法務委員会が平成28年2月19日に公表した「マイナス金利の導入に伴って生ずる契約解釈上の問題に対する考え方の整理」における見解によると、金銭消費貸借契約にマイナス金利を想定した明示の定めがない場合、仮に借入人の金利支払条件が円LIBOR等に連動しており、当該支払条件による適用金利が計算上マイナスになった場合でも、貸付人は借入人に対してマイナス金利を適用して計算された利息相当額を支払う義務を負わないと考えられています。
一方で、国際スワップ・デリバティブ協会(ISDA)が公表している2006年版の定義集によれば、金利スワップ取引においては、当事者が適用金利の下限をゼロとする条項を選択しない限り、適用金利がマイナスになった場合には、変動金利相当額を本来受け取る側の当事者が変動金利相当額の絶対額を支払うことが原則とされており、この場合、マイナス金利に基づいて当事者間で受払いが行われるものと考えられます。
上記の見解を踏まえ、変動金利の借入金利息を固定化する目的で金利スワップ契約が締結され、当該取引に対してヘッジ会計の会計処理として「金利スワップの特例処理」が適用されている場合、現在のマイナス金利環境下で引き続き金利スワップの特例処理の適用が認められるか否かが論点となっていました。
平成28年3月期における取扱い
ASBJの審議では、「平成28年3月期決算においては、これまで金利スワップの特例処理が適用されていた金利スワップ取引について、特例処理の適用を継続することは妨げられないものと考えられる」とされています。
背景
金融商品会計基準等が公表された時点においては、マイナス金利の状況は想定されておらず、このような状況で金利スワップの特例処理を継続できるかについてはこれまで議論されていなかったことから、当該論点についてASBJとしての見解を示すためには相応の審議が必要であり、現時点でASBJとしての見解を示すことは難しいものと考えられます。
金利スワップの特例処理の適用に当たっては、金利スワップとヘッジ対象となる負債の条件等が完全に一致していることが求められているものではなく、「ほぼ同一」であることが要件とされています。
また、ASBJにおける審議の時点では、実際に借入金の変動金利がマイナスになっている例は少ないと考えられており、仮にマイナスになっている場合でも、借入金の支払利息額(ゼロ)と金利スワップにおける変動金利相当額とを比較した場合、通常、両者の差額は僅少と考えられることから、上記の取扱いが示されました。
(参考:会計制度委員会報告第14号「金融商品会計に関する実務指針」第178項)