企業会計基準公開草案第63号「時価の算定に関する会計基準(案)」等の公表について

1.はじめに

企業会計基準委員会(以下、「ASBJ」)は、平成31年1月18日に、時価の算定に関する会計基準及びその適用指針の公開草案(以下、合わせて「本公開草案」)を公表しました。

◆企業会計基準公開草案第63号「時価の算定に関する会計基準(案)」(以下「会計基準案」)
◆企業会計基準適用指針公開草案第63号 「時価の算定に関する会計基準の適用指針(案)」(以下「適用指針案」)

我が国においては、企業会計基準第10号「金融商品に関する会計基準」等において、時価(公正な評価額)の算定が求められているものの、これまで算定方法に関する詳細なガイダンスは定められていませんでした。

一方、国際会計基準審議会(IASB)及び米国財務会計基準審議会(FASB)は、公正価値測定についてほぼ同じ内容の詳細なガイダンスを定めています。
(IFRSにおいては IFRS 第13号「公正価値測定」、FASBにおいてはTopic 820「公正価値測定」)

これらの国際的な会計基準の定めとの比較可能性を向上させるために、ASBJが平成28年8月に公表した中期運営方針において、日本基準を国際的に整合性のあるものとするための取組みに関する検討課題の1つに、時価に関するガイダンス及び開示が取り上げられました。
その後、平成30年3月に開催された第381回企業会計基準委員会において、主に金融商品の時価に関するガイダンス及び開示に関して、国際的な会計基準との整合性を図る取組みに着手する旨が決定され、本公開草案の公表に至ったものです。

なお本公開草案のコメント募集期限は、平成31年4月5日までとされています。

2.本公開草案の概要

本公開草案の概要は以下のとおりです。

開発にあたっての基本的な方針(会計基準案第23項から第24項)

ASBJでは、開発にあたっての基本的な方針として、統一的な算定方法を用いることにより、国内外の企業間における財務諸表の比較可能性を向上させる観点から、IFRS 第13号の定めを基本的にすべて取り入れることとしています。
ただし、これまで我が国で行われてきた実務等に配慮し、財務諸表間の比較可能性を大きく損なわせない範囲で、個別項目に対するその他の取扱いを定めることとしました。

また、IFRS第13号では「公正価値」という用語が用いられていますが、本会計基準案では、我が国における他の関連諸法規において「時価」という用語が広く用いられていること等を配慮し、「時価」という用語を用いています。

範囲(会計基準案第3項、第25項から第27項)

本会計基準案は、次の項目の時価に適用します。
(1)金融商品会計基準案における金融商品
(2)棚卸資産会計基準案におけるトレーディング目的で保有する棚卸資産

本公開草案では、国際的な会計基準と整合させ、国際的な企業間の財務諸表の比較可能性を向上させる便益が高いものと判断し、金融商品を本会計基準案の範囲に含めることとしています。一方、金融商品以外の資産及び負債については、本会計基準案の範囲に含めた場合の整合性を図るためのコストと便益を考慮し、原則として、金融商品以外の資産及び負債は本会計基準案の範囲に含めないこととしています。

ただし、棚卸資産会計基準におけるトレーディング目的で保有する棚卸資産については、売買目的有価証券と同様に毎期時価をもって貸借対照表価額とし、評価差額は当期の損益とする処理が求められており、時価の算定についても金融商品と整合性を図ることが適切と考えられることから、本会計基準案の範囲に含めています。

上記に伴い、以下の会計基準及び関連する適用指針についても現在の会計基準等を改正する公開草案が出されています。

【金融商品関係】
◆企業会計基準公開草案第65号(企業会計基準第10号の改正案)
「金融商品に関する会計基準(案)」(以下「金融商品会計基準案」)
◆企業会計基準適用指針公開草案第65号(企業会計基準適用指針第19号の改正案)
「金融商品の時価等の開示に関する適用指針(案)」(以下「金融商品時価開示適用指針案」)

【棚卸資産関係】
◆企業会計基準公開草案第64号(企業会計基準第9号の改正案)
「棚卸資産の評価に関する会計基準(案)」(以下「棚卸資産会計基準案」)

【四半期会計基準関係】
◆企業会計基準適用指針公開草案第64号(企業会計基準適用指針第14号の改正案)
「四半期財務諸表に関する会計基準の適用指針(案)」(以下「四半期適用指針案」)

時価の定義(会計基準案第5項及び第30項、金融商品会計基準案第18項)

(時価の定義)
「時価」とは、算定日において市場参加者間で秩序ある取引が行われると想定した場合の、当該取引における資産の売却によって受け取る価格又は負債の移転のために支払う価格をいう。

時価は、直接観察可能であるかどうかにかかわらず、算定日における市場参加者間の秩序ある取引が行われると想定した場合の出口価格(資産の売却によって受け取る価格又は負債の移転のために支払う価格)であり、入口価格(交換取引において資産を取得するために支払った価格又は負債を引き受けるために受け取った価格)ではないとされています。
同一の資産又は負債の価格が観察できない場合に用いる評価技法には、関連性のある観察可能なインプットを最大限利用し、観察できないインプットの利用を最小限にすることが求められています。

(期末前1か月の平均価額に関する定めの削除)
時価の定義の変更に伴い、現行の金融商品会計基準におけるその他有価証券の期末の貸借対照表価額に期末前 1か月の市場価格の平均に基づいて算定された価額を用いることができる定めについては、その平均価額が改正された時価の定義を満たさないことから削除されています。

時価の算定単位(会計基準案第6項及び第7項)

資産又は負債の時価を算定する単位は、それぞれの対象となる資産又は負債に適用される会計処理又は開示によることとされています。

しかし、次の要件のすべてを満たす場合には、特定の市場リスク(市場価格の変動に係るリスク)又は特定の取引相手先の信用リスク(取引相手先の契約不履行に係るリスク)に関して金融資産及び金融負債を相殺した後の正味の資産又は負債を基礎として、当該金融資産及び金融負債のグループを単位とした時価を算定することができるとされています。
なお、本取扱いは特定のグループについて毎期継続して適用することが求められています。

(1)企業の文書化したリスク管理戦略又は投資戦略に従って、特定の市場リスク又は特定の取引相手先の信用リスクに関する正味の資産又は負債に基づき、当該金融資産及び金融負債のグループを管理していること
(2)当該金融資産及び金融負債のグループに関する情報を企業の役員に提供していること
(3)当該金融資産及び金融負債を各決算日の貸借対照表において時価評価していること
(4)特定の市場リスクに関連して本項の定めに従う場合には、当該金融資産と金融負債のグループの中で企業がさらされている市場リスクがほぼ同一であり、かつ、当該金融資産と金融負債から生じる特定の市場リスクにさらされている期間がほぼ同一であること
(5)特定の取引相手先の信用リスクに関連して本項の定めに従う場合には、債務不履行の発生時において信用リスクのポジションを軽減する既存の取決め(例えば、取引相手先とのマスターネッティング契約又は当事者の信用リスクに対する正味の資産又は負債に基づき担保を授受する契約)が法的に強制される可能性についての市場参加者の予想を時価に反映すること

時価の算定方法(会計基準案第8項から第15項)

本会計基準案において、時価の算定にあたっては、状況に応じて、十分なデータが利用できる評価技法(例えば、マーケット・アプローチやインカム・アプローチ)を用いることとされています。
また、評価技法を用いるにあたっては、関連性のある観察可能なインプットを最大限利用し、観察できないインプットの利用を最小限にすることが求められています。

時価の算定に用いるインプットは、次の順に優先的に使用します(レベル 1 のインプットが最も優先順位が高く、レベル 3 のインプットが最も優先順位が低い。)。

【レベル 1 のインプット】
レベル 1 のインプットとは、時価の算定日において、企業が入手できる活発な市場における同一の資産又は負債に関する相場価格であり調整されていないものをいう。
当該価格は、時価の最適な根拠を提供するものであり、当該価格が利用できる場合には、原則として、当該価格を調整せずに時価の算定に使用する。

【レベル 2 のインプット】
レベル 2 のインプットとは、資産又は負債について直接又は間接的に観察可能なインプットのうち、レベル 1 のインプット以外のインプットをいう。

【レベル 3 のインプット】
レベル3のインプットとは、資産又は負債について観察できないインプットをいう。
当該インプットは、関連性のある観察可能なインプットが入手できない場合に用いる。

時価は、その算定において重要な影響を与えるインプットが属するレベルに応じて、レベル 1 の時価、レベル 2 の時価又はレベル 3 の時価に分類します。
なお、時価を算定するために異なるレベルに分類される複数のインプットを用いており、これらのインプットに、時価の算定に重要な影響を与えるインプットが複数含まれる場合、これらの重要な影響を与えるインプットが属するレベルのうち、時価の算定における優先順位が最も低いレベルに当該時価を分類します。

負債又は払込資本を増加させる金融商品については、時価の算定日に市場参加者に移転されるものと仮定して、時価を算定します。
負債の時価の算定にあたっては、負債の不履行リスクの影響を反映します。負債の不履行リスクとは、企業が債務を履行しないリスクであり、企業自身の信用リスクに限られるものではありません。
また、負債の不履行リスクについては、当該負債の移転の前後で同一であると仮定します。

市場価格のない株式等の取り扱い(金融商品会計基準案第19項及び第81-2項)

本会計基準案においては、時価のレベルに関する概念を取り入れ、たとえ観察可能なインプットを入手できない場合であっても、入手できる最良の情報に基づく観察できないインプットに基づき時価を算定することとしています。
このような時価の考え方の下では、原則として時価を把握することが極めて困難な有価証券は想定されないことから、時価を把握することが極めて困難な有価証券の記載を削除しています。

ただし、市場価格のない株式等に関しては、たとえ何らかの方式により価額の算定が可能としても、それを時価とはしないとする従来の考え方を踏襲し、引き続き取得原価をもって貸借対照表価額とする取扱いとしています。
これにより、これまで時価を把握することが極めて困難であるとして、取得原価又は償却原価法に基づいて算定された価額をもって貸借対照表価額としていたもののうち、市場価格のない株式等に含まれないものについては、時価をもって貸借対照表価額とすることになります。

開示(金融商品会計基準案第40-2項、金融商品時価開示適用指針案第5-2項、四半期適用指針案第80項)

(開示項目)
金融商品時価開示適用指針案では、基本的には IFRS第13号の開示項目との整合性が図られていますが、一部の開示項目についてはコストと便益を考慮して採用されていません。

金融商品時価開示適用指針案では、金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項として次の開示項目の注記を求めることを提案しています。

貸借対照表又は注記のみで時価評価する金融商品
①時価のレベルごとの残高

貸借対照表又は注記のみで時価評価するレベル2の時価又はレベル3の時価の金融商品
②時価の算定に用いた評価技法及びインプットの説明
③時価の算定に用いる評価技法又はその適用の変更の旨及びその理由

貸借対照表において時価評価するレベル3の時価の金融商品
④時価の算定に用いた重要な観察できないインプットに関する定量的情報
⑤時価がレベル 3 の時価に分類される金融資産及び金融負債の期首残高から期末残高への調整表(純損益に計上した未実現の評価損益を含む)
⑥企業の評価プロセスの説明
⑦重要な観察できないインプットを変化させた場合の時価に対する影響に関する説明

一方で以下の内容に関しては、IFRS第13号では注記を求めているものの、金融商品時価開示適用指針案ではこれらの注記を求めないと提案されています。
⑧レベル1の時価とレベル2の時価との間のすべての振替額及びその振替の理由
⑨レベル3の時価について観察できないインプットを合理的に考え得る代替的な仮定に変更した場合の影響

なお、四半期適用指針案では、上記の①のうち貸借対照表において時価評価する金融商品について、企業の事業運営にあたっての重要な項目であり、かつ、前年度末と比較して著しく変動している場合に開示することを提案しています。

(期首残高から期末残高への調整表)
金融商品時価開示適用指針案では、上記の⑤時価がレベル 3 の時価に分類される金融資産及び金融負債の期首残高から期末残高への調整表において、期首残高から期末残高への増減を、次の増減理由に区別して示すことを求めています。
(1) 当期の損益又はその他の包括利益に計上した額
(2) 購入、売却、発行及び決済のそれぞれの額
(3) レベル1の時価又はレベル2の時価からレベル3の時価への振替額
(4) レベル3の時価からレベル1の時価又はレベル2の時価への振替額

ただし、上記の(2)購入、売却、発行及び決済のそれぞれの額については、作成コストと便益のバランスの観点から、これらの純額で記載することも認めています。

3.適用時期及び経過措置

適用時期

本公開草案は、平成32年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用することを提案しています。

ただし、審議の過程で、財務諸表の作成やその監査に向けた相応の準備期間を要するとの意見も聞かれたことから、適用開始までに十分な期間を確保するため、平成33年3月31日以後終了する連結会計年度及び事業年度の年度末に係る連結財務諸表及び個別財務諸表から適用することができるとしています。
また、平成32年3月31日以後終了する連結会計年度及び事業年度の年度末に係る連結財務諸表及び個別財務諸表から適用することを妨げないこととしています。

経過措置

本公開草案では、次の経過措置を定めることを提案しています。

(時価算定会計基準案及び時価算定適用指針案)
① 時価算定会計基準及び時価算定適用指針の適用初年度においては、時価算定会計基準案及び時価算定適用指針案が定める新たな会計方針を将来にわたって適用する。この場合、その変更の内容について注記する。
② ①の定めにかかわらず、時価の算定にあたり観察可能なインプットを最大限利用しなければならない定めなど、時価算定会計基準案及び時価算定適用指針案の適用に伴い時価を算定するために用いた方法を変更することとなった場合で、当該変更による影響額を分離することができるときは、会計方針の変更に該当するものとし、当該会計方針の変更を過去の期間のすべてに遡及適用することができる。また、適用初年度の期首より前に新たな会計方針を遡及適用した場合の累積的影響額を、適用初年度の期首の利益剰余金及びその他の包括利益累計額又は評価・換算差額等に加減し、当該期首残高から新たな会計方針を適用することもできる。これらの場合、企業会計基準第24号「会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」第10項に定められる事項を注記する。
③ 第三者から入手した相場価格の利用にあたっては、平成33年4月1日以後開始する事業年度から適用することとし、それまでの間は現行の取扱いを継続することができる。
④ 投資信託の時価の算定に関しては、本会計基準等公表後概ね1年をかけて検討を行うこととし、それまでの間は現行の取扱いを踏襲する。この間は便宜的な時価のレベルの分類を定めている。

(金融商品時価開示適用指針案)
⑤ 金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する開示項目について、適用初年度の比較情報は不要とする。また、期首残高から期末残高への調整表について、金融商品会計基準案を年度末の財務諸表から適用する場合には、適用初年度は省略することができる。

(棚卸資産会計基準案)
⑥ トレーディング目的で保有する棚卸資産の時価の定義の見直しにより生じる会計方針の変更については、時価算定会計基準の適用初年度における取扱いと同様に将来にわたって適用する。この場合、その変更の内容について注記する。

(金融商品会計基準案)
⑦ その他有価証券の期末の貸借対照表価額に期末前1か月の市場価格の平均に基づいて算定された価額を用いることができる定めの削除や、市場価格のない株式等以外の時価を把握することが極めて困難な有価証券の定めの削除など、時価の定義の見直しに伴う金融商品会計基準の平成 XX 年改正により生じる会計方針の変更は、時価の算定を変更することになり得るという意味では時価算定会計基準案が定める新たな会計方針の適用と同一であるため、時価算定会計基準の適用初年度における取扱いと同様に将来にわたって適用する。この場合、その変更の内容について注記する。

(四半期適用指針案)
⑧ 金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する開示項目について、適用初年度の比較情報は不要とする。

4.参考資料

本公開草案の詳細は、以下をご覧ください。
https://www.asb.or.jp/jp/accounting_standards/exposure_draft/y2019/2019-0118.html

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